涼宮ハルヒの消失

warnermycal.com - で観た。
平日なら空いてるかと思えば、劇場はほぼ満席だった。
1カットが長く、引きの絵であり、映画らしい仕上がりだった。キャラの仕草・演技にかけるコストがTVとは違う。
しかしキョンの独白。映画館の音響なので、セリフと独白の区別は明瞭に付くのは良かった。それでもやっぱり独白だらけなのは気になった。これがアニメ「涼宮ハルヒ」の根幹をなしているのか、映画でも相変わらず。
長髪のハルヒ。可愛かった。
メガネの長門。可愛かった。

化物語 #4

※8日の深夜28時より遡及

千石撫子の軽妙洒脱なラップが評判の4巻。そうそう、化物語DVD&BDにはそれぞれOPソングの入ったCDが付いている。ぼくはアニソン好きする方の若者だし、そういう曲は積極的にiPodに取り込む。同好の者同士でカラオケに行って歌ったりもする。
そんなわけあるか。ぼくはアニソン好きする方の若者には違いないけど、その事実はひた隠しにして生きている。ひた隠しに生きて行きたいのに同好の者同士でカラオケに繰り出してどうする。
アニソンはiPodに取り込んで個人的に聴く。
忍野メメという導き手がいる。ぼくはこのキャラが好きで、特にタバコを咥えているところがいい。ほとんどの挿話で、自分は動かずに暦に助言して問題を解決させてしまうところもいい。これはいわゆるアームチェアディティクティブというやつでは全くない。
助言どおり滞りなく進んだら面白みが無い、というか忍野が主人公になってしまうので、実践段階において想定外の事態が起き、それを暦が体を張ってカバーする。ここに暦の主人公としての面目が確保される。
本巻には撫子と忍野のオーディオコメンタリーが収録されていて、ぼくは通常の音声で見終わった後、これに切り替えてもう一度視聴した。
これをレイヤーで説明すると、映像はフィクションのレイヤーだ。普通のコメンタリーは製作者による裏話であり、裏話とは明らかにノンフィクションのレイヤーだ。ノンフィクションとは見ているぼくと同じレイヤーに他ならない。
本作のコメンタリーはここに作中登場人物というフィクションのレイヤーを持ち込んでいる。キャラが映像を見ながら後日談を語る。言い換えれば、これは映像を見ながら後日談を語るというフィクション。問題は、ノンフィクションのレイヤーにいるぼくも一緒の映像を見ているという点。ここでぼくは後日談を語るキャラが、ぼくと同じレイヤーにいるかのような錯覚を覚えてしまう。
実際はフィクションのレイヤーにいながら、コメンタリーという死角にいるのをいいことに「全国に発売されてしまう」などとノンフィクションのレイヤーに越境する。

化物語 #2

※8日の深夜28時より遡及

ここに来て予想外の収入があり懐が暖かい。そしてここに来てTVアニメ化物語の4巻がちょうど発売していた事をネットで知ったものだから、家電量販店なんかに行くと映像ソフトコーナーのアニメコーナーにふらふらと吸い寄せられてしまう。
するともちろん4巻が置いてある。発売していた事はネットに書いてあったんだからもちろん置いてある。
「買っちゃおうかな」
ぼくは化物語のBD4巻を手に取る。
ところで、その隣には化物語の2巻が置いてあった。ぼくの目はパッケージイラストに描かれている八九寺真宵に釘付けになってしまう。
「買っちゃおうかな」
ぼくは化物語のBD2巻を手に取る。
ぼくは化物語のBD1巻を既に買っている。そこに4巻だけ買っては歯抜け感がひどいと思ったのだ。1と4の距離感に不安を感じた。だが2巻で補強すれば1、2、飛んで4だ。もはや当初の空洞は解消され、いいから早くレジへ行けばいいのでは。

視聴後

化物語のアニメは漢字がいっぱい出てきてとてもカッコいい。「以下広告」の「広」の字が難しい方の「廣」だったりしてとてもカッコいい。
わけのわからない文章が次々度々表示されて、しばしば読ませる気が無いのもカッコいい。
さよなら絶望先生のアニメも似たような感じでカッコいい。似ていて当然、どちらの制作もシャフトだから。
画面がカッコいいのは良い。しかし内容がヌルい。絶望先生は、主人公の糸色望先生(高校教員)が人生に絶望して自殺しようとする傍ら、ひねた目線で世事をおちょくる話なんだけど、おちょくり方のヌルさにこっちが絶望した。
脈絡もなく絶望先生批判をしたことは水に流して、化物語のBD2巻を見て、ぼくはOP映像に感動した。さっきから言ってるようにシャフトはなんかずっとカッコつけてるんだけど、そこにこのOP映像が放り込まれると緩急みたいのがついてすごい。
浮遊霊を目的地に導いてしまうという本筋より、ぼくの目は戦場ヶ原ひたぎの一挙手一投足に釘付けにされた。
揺れる乳にボヨヨヨーンというSEを付けるか付けないかどっちがいいか、考えたことがありますか?そんなもの時と場合、つまり作品が要求する演出に寄ると決まりきってやがる。揺れる乳にボヨヨヨーンというSEを付けるか付けないかとかどうでもいい。
ともかく戦場ヶ原ひたぎの胸が、卸したての服に包まれた胸が、恋い慕う彼、愛しの阿良々木暦を前に高鳴りを抑えられず揺れていた。揺れていたんだよ。
正妻と書いてメインヒロインと読む。彼女は本挿話で見事その地位を獲得するわけで、ぼくはうれしい気持ちになる。
にしても、あんな理詰めなアプローチは初めて見た。あれが「メンヘル処女」の為せる業か。そして「はっきり言葉にして」「なあなあの関係は嫌」とまで言い寄られて尚「蕩れ」ではぐらかし、納得させてしまう彼も相当だと思う。